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神戸地方裁判所 昭和60年(ワ)448号 判決

原告

大成不動産こと川西康裕

右訴訟代理人弁護士

滝澤功治

被告

赤浦要

赤浦ツネ子

右訴訟代理人弁護士

宮内勉

宮内俊江

主文

一  被告らは原告に対し、各自、金四〇〇万円とこれに対する昭和六〇年四月九日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを三分し、その二を被告らの、その一を原告の負担とする。

四  この判決は仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  原告(請求の趣旨)

1  被告らは各自原告に対し、金六〇〇万円とこれに対する昭和六〇年四月九日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  被告ら(請求の趣旨に対する答弁)

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  原告(請求原因)

1  原告は大成不動産の商号で宅地建物取引業を営んでいるものであり、被告らは夫婦であるが、被告赤浦要(以下「被告要」という。)は別紙物件目録(一)ないし(四)記載の土地及び同目録(六)記載の建物を所有し、被告らは同目録(五)記載の建物を各二分の一の持分割合にて共有していた(以下別紙物件目録記載の各不動産を単に「本件物件」という。)。

2  被告らは昭和五九年三月ころ、本件物件を他に売却することとし、同年四月五日、原告(仲介人)との間で本件物件の売却の斡旋を原告のみに依頼する旨の専任媒介契約を締結しその契約内容として、次のとおり合意した(以下右合意を含め「本件契約」という。)。

(一) 有効期間は契約締結後売れるまでとする。

(二) 報酬額は売買金額の三パーセント相当額とし、被告らは連帯してこれを売買代金の最終決済時に支払う。

(三) 本件契約の有効期間内または有効期間の満了後三年以内に被告らが原告の紹介によつて知つた相手方と原告を排除して目的物件の売買または交換の契約をしたときは、原告は被告らに対して、契約の成立に寄与した割合に応じた相当額の報酬を請求することができる。

3  本件契約締結後、原告は、本件物件につき、新聞広告を出したり、同業者に買受け希望者の斡旋を依頼する等の営業活動を行う一方、かねてより知人である訴外金海水(以下「訴外人」という。)に対し本件物件の買受け斡旋をすることとし、昭和五九年四月七日訴外人に本件物件を紹介した。

4(一)  被告らは当初、別紙物件目録(一)、(二)、(五)記載の土地建物につき金九〇〇〇万円、同目録(三)、(四)、(六)記載の土地建物につき金一億五六二五万円の合計金二億四六二五万円で売却することを希望していたが、全物件を一括して売却する必要があつたことから次第に売値を下げ、昭和五九年五月三日ころには、合計金二億二〇〇〇万円とするところまで譲歩した。

(二)  訴外人はそのころ合計金一億八〇〇〇万円でなら買受けるとの意向を明らかにしていたが、その後原告の仲介努力により、同月八日には被告らは仲介報酬支払後の手取金二億円にまで下げ、他方、訴外人も買値を仲介報酬を含めて金二億円に下げてきたので、その差は僅かに原告が取得すべき仲介報酬金六〇〇万円となり、被告らと訴外人との売買契約の成立は目前となつた。

5  ところが、その後被告らと訴外人は原告を排除して直接交渉を開始し、昭和五九年八月一日付で売買契約を締結したうえ、同月三日訴外人はその旨の所有権移転登記を経由した。

6  右の次第で原告は被告らに対し、右2(三)の約定に基づき、あるいは民法一三〇条、民法六四一条、民法六四八条三項、民法六五一条二項または商法五一二条に基づき原告が被告らの契約の成立に寄与した割合に応じた相当額の報酬請求権を有するものであるところ、その金額は、原告の仲介により被告らと前記訴外人との間の売買契約がわずかな金額の差異を残すのみで成立直前であつたこと、及び契約金額は金二億円を下回らないことを勘案すると、金二億円の三パーセント相当額である金六〇〇万円が相当である。

よつて、原告は被告らに対し、各自金六〇〇万円とこれに対する本訴状送達の日の翌日である昭和六〇年四月九日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  被告ら(請求原因に対する認否)

1  請求原因1、2、4(一)の各事実は認める。その余の請求原因事実はいずれも否認する。

2  昭和五九年八月一日、被告らは訴外松沢武雄こと宋琪燮(以下「訴外宋」という。)に対し、亀田興産こと訴外亀田金三郎、植田商店不動産こと訴外植田長治郎の仲介により、本件物件を代金一億七〇〇〇万円で売渡し、同日右代金を受領し所有権移転登記に必要な諸書類を訴外宋に交付したものであつて、本件物件を訴外人に売却したことはない。従つて、被告ら・訴外宋間の売買契約の成立と原告の仲介行為との間にはなんら因果関係はない。

三  被告ら(抗弁)

1  本件契約は以下の理由により無効である。

(一) 専任媒介契約は、依頼者をして、他の宅地建物取引業者に重ねて売買の媒介を禁ずる契約であつて、依頼者を強く拘束する契約であるから、宅地建物取引業法(以下「宅建業法」という。)三四条の二第三項前段において、その有効期間を三か月と定め、同条第四項において三か月のみ更新できる旨規定し、同条第五項において、取引業者は依頼者に対し、業務の処理状況を二週間に一回以上報告する義務を有する旨規定し、かつ、同条第六項において右規定に反する特約は無効と定め、専任媒介契約を締結した依頼者の利益を擁護している。

(二) しかるに、本件契約においては、有効期間は契約締結後売れるまでとされ(契約書第六条)、かつ、報告義務は一か月に一回以上とされている(契約書第七条一項)ところ、右約定はいずれも取締法規たる宅建業法に違反する依頼者に不利な約定であつて、強度の違法性を有するものであるから、本件契約全体が無効となるものというべきである。なお、宅建業法三四条の二第三項後段には「これより長い期間を定めたときは、その期間は三月とする」旨規定されているが、本件契約においては「売れるまで」と約定され、右は不確定期間の約定であるから、同項後段の適用はない。

2  昭和五九年五月一七日、被告らは原告に対し、本来原告の負担に帰すべき広告料金七万三〇〇〇円を支払うとともに、原告との間で本件契約を合意解除した。従つて、本件契約に基づく請求は失当である。

四  原告(抗弁に対する認否)

1  抗弁1(一)の事実は認める。同1(二)の主張は争う。

宅建業法三四条の二第六項の規定は、その字句のとおり、「前三項の規定に反する特約は無効とする。」ものであつて、その契約全体を無効とするものでないことは明らかである。従つて、本件契約においては、有効期間につき、「売れるときまで」との約定並びに報告義務につき、「一か月に一回以上」との約定はいずれも無効であり、法の規定どおり、それぞれ「三月」、「二週間に一回以上」との約定をなしたものとみなされることになるだけであつて、契約全体が無効となるものではない。

2  抗弁2の事実は否認する。

五  原告(再抗弁)

仮に原告が合意解除に応じた事実が存するとしても、被告らの解除の申出は、原告の仲介行為により知るに至つた訴外人と直接取引して原告に対する報酬の支払を免れる目的でなされたものであるから、信義則違反ないし権利の濫用として許されないものであるから、右合意解除は無効である。

六  被告ら(再抗弁に対する認否)

否認する。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1(当事者の地位等)、2(本件契約の成立)の事実は当事者間に争いがない。

二請求原因4(一)の事実は当事者間に争いがなく、右当事者間に争いのない事実に〈証拠〉を総合すると次の事実が認められ、〈証拠〉中右認定に反する部分は前掲各証拠に照らし措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

1  被告要は別紙物件目録六記載のマンションを所有し貸マンション業を営んでいたところ、被告らは従前から右マンション賃借人の仲介取引があつた原告に対し、本件物件の売却斡旋方を依頼し、昭和五九年四月五日、請求原因2記載のとおり本件契約が締結された。

2  被告らの当初の売却条件は、別紙物件目録五記載の居宅及び同目録記載のその敷地部分(以下「居宅部分」という。)が九〇〇〇万円、同目録六記載のマンション及び同目録記載のその敷地部分(以下「マンション部分」という。)が一億五六三五万円の合計金二億四六三五万円であつた。

3  同月七日、原告は訴外人に対し、本件物件を紹介し、同月一三日には同人の「マンション部分のみを九〇〇〇万円で買い受けたい」旨の回答を被告らに伝えた(伝達の相手方は訴外裕子であるが、同人が本件取引につき被告要の代理人の資格を有することは被告らにおいてあきらかに争わないからこれを自白したものとみなす。以下同じ。)ところ、被告らはマンション部分と居宅部分を一括で金二億四〇〇〇万円でなければ売れないとの返答であつた。

4  同年五月三日ころには、被告らは売却価格を合計金二億二〇〇〇万円に下げる旨の意向を示し、訴外人は合計金一億八〇〇〇万円なら買う旨の意向を示していたが、同月八日ころには、訴外人は仲介料を含めて合計金二億円ならば買う旨の意向を示したので、原告は被告らに対し、原告の売主側仲介料金六〇〇万円を除いた金額一億九四〇〇万円の数字を示したところ、被告らは金二億円の手取りがあれば売却する旨返答した。

5  居宅部分売却に伴う被告らの転居先についても、この間、原告は斡旋・仲介し、訴外裕子を同道して転居先物件の案内をした。また、本件物件の物件明細書を訴外人に示してはいたが、同人は同書面に「物件の説明を受けた」旨の署名・押印をすることを拒んでいた。

6  同月一四日、原告は訴外人に架電して前記4の被告らの意向を伝えたところ、同人から直接話したほうが早いなどと言われ、また、被告らに架電したところ「買主が韓国人であればこの取引は断る」旨言われた。そして、同日被告ら宅において、原告は被告らから「親戚の人が本件物件をほしいといつているのでその人にまかせようと思う。ついては後々問題になると困るので原告との専任媒介契約書を返してほしい。また、以後手数料を一切請求しない旨の書面がほしい。」旨要求された。

7  同月一七日、原告は被告らの本件契約解除の要求にやむなく応じ、原告保管にかかる専任媒介契約書(乙第一号証)に「この専任媒介契約書は昭和五九年五月一七日付で解除しました。」旨記載したうえ、右契約書を訴外裕子に返却し、同人は原告に対し、「本件契約解約につき本件媒介業務に要した諸費用はすべて同月末日までに支払う。」旨記載した念書を差し入れた。

8  同年六月七日、右諸費用として訴外裕子は原告に対し金七万三〇〇〇円を支払つたが、当時、原告は訴外人が被告らと直接取引の交渉をしているのではないかと疑つていたため、同被告に対し、「後日訴外人又は同人の親戚が本件物件を購入したことが判明した場合には両当事者から正規の手数料を支払つてもらう」旨記載した領収書を交付した。

9  同年八月一日、被告らは、訴外人の息子の妻の実父である訴外宋に対し、本件物件を売渡した(契約書上の売買代金合計金一億七〇〇〇万円、なお、買主はマンション部分の金一三八五万円の敷金返還義務を引受ける約定であつたので、実質上の売買代金は、少なくとも、金一億八三八五万円である。)が、その所有権移転登記手続は同月三日付(登記原因同月一日売買)でいずれも直接訴外人になされた。なお、右売買が、訴外宋にいつたん売却した外観を作つた後、訴外人に登記移転した形式を踏んだのは、この取引の売主側仲介人植田長治郎、買主側仲介人亀田信行を含めた関係者全員が、直接訴外人が購入するときは、原告に対し仲介料を支払わなければならなくなることをおそれたためであつて、訴外宋はダミーとして介在したにすぎず、実質上の買主は訴外人であつたし、そのことは、被告らにおいて認識していた。

三不動産の売主が、その売却につき宅地建物取引業者に仲介を依頼し、売買契約の成立を停止条件として一定額の報酬を支払う旨約し、業者が右約定に従つて仲介活動を行つたのに、売主が右業者を排除して直接仲介の相手方を買主として売買契約を成立させた場合は、右契約の成就と仲介業者の媒介との間に相当因果関係が認められるかぎり、業者は、媒介契約に定める停止条件が成就したものとみなして、売主に対し、約定報酬中、その貢献度に応じた金額の支払を請求できるものというべきである。

これを、本件についてみるに、前記認定事実によれば、原告の昭和五九年四月から同年五月上旬にかけての媒介努力により、被告らと訴外人との売却希望額(仲介料を除き二億円)・購入希望額(一億九四〇〇万円)の差額は、僅か六〇〇万円にすぎなかつたこと、成立した売買契約の代金額は被告らの右売却希望額を下回る額と契約書上はなつていること、右原告の媒介行為の約二か月後に売買契約が成立していること、被告らは原告の媒介を断つた際、専任媒介契約書の返還、同契約の解除を執ように要求し、自ら進んで媒介業務に要した費用の支払をしていること等の諸事実に鑑みると、被告らは、原告の媒介行為によつて間もなく売買契約が成立の運びとなることを知りながら、故意にその媒介による契約の成立を妨げ、正当な理由なく原告を排除して直接訴外人との間で売買契約を締結したものと認めるのが相当である。

四被告らは、本件契約は無効であるから(無効理由は抗弁1記載のとおり)報酬支払義務はない旨主張し、本件契約には被告ら主張のとおり、宅建業法三四条の二所定の有効期間(三か月以内)、業者の業務処理状況報告義務(二週間に一回以上)に関する規定に反する定めがなされていることが認められ、右特約は同条六項により無効となるものではあるけれども、これがため、右契約全体が無効となるものとは解されないから、被告らの右主張は理由がない。また、被告らの主張を、宅建業者である原告が右のごとき宅建業法違反をしているかぎり、信義則上、報酬請求権は発生しない旨の主張と善解しても、右違反行為により原告は報酬請求権を失うものとは解されないから、被告らの主張は採用できない。

五さらに、被告らは本件契約は合意解除されたから、本件請求は失当である旨主張するので検討する。

被告ら主張のとおり、本件契約は合意解除されたことが認められるけれども(原告は解除の申し入れに応じたことはない旨主張するが、前記二7認定のとおり、原告は被告らが訴外人と直接取引しようとしているのではないかとの疑念をもちながらも、これに応じたものと認められる。)、原告は、右解除により同人の媒介活動の結果として訴外人との間に売買契約が成立した場合の被告らに対する報酬請求権を放棄するものではない旨明示していたことが認められるところ、業者に対する報酬の支払を免れるために、売買契約成立直前、不当に仲介の委託の解除を申し入れてその承諾を得、直接交渉により売買契約を成立せしめた本件事実関係のもとでは、解除は業者を排除して直接契約をするための不当な手段というべきものであるから、業者は信義則に照らし、右合意解除はなかつたものとして、報酬請求しうるものと解すべきである。すなわち、右合意解除により、解除前の媒介活動と解除後に成立した売買契約との間の因果関係が遮断されるものとは解されず、報酬請求の関係では、右合意解除は信義則上許容されず無効なものというべきである。従つて、右被告らの主張は理由がない。

六以上の検討によれば、原告は被告らに対し、停止条件が成就したものとみなして、約定の報酬額に準ずる報酬(貢献度に応じた報酬)を請求できるものというべきである。

そこで進んで報酬額につき検討するに、前認定のとおり、当事者間で報酬額は売買代金額の三パーセントと約定されているところ、報酬額が特約されている場合においても、媒介努力の売買契約成立に対する貢献度に応じてその報酬額を決すべきものと解するのが相当である。そして、原告は訴外人を買主として開拓し、その購入希望額を一億九四〇〇万円まで増額させ、売主・買主双方の仲介手数料の負担をいずれがするかの問題が残る段階まで売買交渉を進展させたこと等原告の売買契約成立に対する寄与度が高いと評価しうる事情、並びに前認定のとおり、理由はともかくもいつたんは本件契約を合意解除し、原告は、本来は原告の負担すべき費用である広告料等媒介費用として金七万三〇〇〇円を受領していること、原告本人尋問の結果によれば、原告は仲介手数料を値引きすることも含めて、最終的な売買交渉を進める心づもりであったものと認められること、被告らが、本件契約を解除し、原告を排除して直接訴外人との間で売買契約を締結したのは、前記のとおり、原告に対する仲介報酬を免れるという不当な目的のためではあつたが、原告が専任媒介契約の有効期間を「売れるまで」とするなど宅建業法に違反する契約内容としていたため、被告らにおいて、原告に対し、不信の念をいだいたこともその一因となつていたものと認められることその他原告のなした前認定の媒介活動の内容を総合勘案すると、被告らが原告に対し支払うべき報酬の額は金四〇〇万円をもつて相当であると認める。

七以上によれば、原告の本訴請求は、被告ら各自に対し、金四〇〇万円とこれに対する履行期後である昭和六〇年四月九日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、これを認容し、その余の請求は理由がないので、これを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官杉森研二)

別紙物件目録

(一) 神戸市須磨区若木町二丁目四八番一

宅地 77.93平方メートル

(二) 右同所四八番二

宅地 56.91平方メートル

(三) 右同所四八番三

宅地 195.76平方メートル

(四) 右同所四九番

宅地 103.61平方メートル

(五) 右同所四八番地一、四八番地二所在

家屋番号 四八番一

種類 居宅

構造 本造瓦葺二階建

床面積

一階 89.10平方メートル

二階 34.02平方メートル

(六) 右同所四八番地二、四九番地所在

家屋番号 四八番二

種類 共同住宅

構造 鉄筋コンクリート造陸屋根六階建

床面積

一階 109.90平方メートル

二階 110.10平方メートル

三階 105.84平方メートル

四番 105.84平方メートル

五階 105.84平方メートル

六階 105.84平方メートル

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